私は窓から外を見た。
 何度か雪が降っていたこともあったが、あまり積もることもなく、今では所々にわずかにその名残が見られるだけだった。
 あと一、二ヶ月もすれば、また新しい春がやってくるのだろう。
 もっとも、それは当然ながら、前と同じ春ではないのだろうけれど。
 
 チャイムが鳴り、私は席につく。
 授業中、なんとなく視線をさまよわせる。
 空っぽの席を見つけた。だがそれは遅刻のせいでも早退のせいでも、ましてや欠席のせいでもない。
 それは名残。かつてその席にいた人物は、もうその場にはいなくて、それでも確かにいたのだという名残。
 
 変わらないと思っていた。変わることはないと思っていた。
 変わるにしても、それはもう少し先のことだと思っていた。
 実際、私自身は自分でも大きく変わったとは思っていない。
 だけど、私を取り巻いていたセカイは、私がはっきりと知覚できるほどに変わってしまった。少なくとも、私はそう思っている。
 
 結論から言うと、私と彼は最後まで恋仲になることはなく、位置関係も変わることはなかった。
 そのことについては別に未練があるわけでもないし、そのこと自体は構うことではなかった。
 ただ、少しだけ、心に孔があいたよう。
 それはきっと、時間だけが埋めてくれる傷痕で、だけどその傷痕は失われてほしくないとも思ってしまうのだ。
 その傷痕は、かけがえのない大切な記憶でもあったのだから。
 
 

 
 
 その日は、奇しくもその年で一番初めに雪が降った日だった。
 時期的には本来降るはずのない雪。
 涙の代わりにしては、淡くて、儚すぎると思った。
 
 それは別れ。
 
 空を見上げていると、まるで自分が空へと昇っているような錯覚に陥ると彼女は言っていた。
 ならば、それは、空へと送り届けるために降ったというのか。
 
 人の価値は、その人が亡くなったときに悲しんでくれる人の数で決まると聞いたことがある。
 多い、と呼べるかどうか私にはわからなかったが、簡単に数えられてしまうほど少なくはなかったと思う。
 少なくとも無価値ではなかった。その事実に、不謹慎ながらほっとする。
 こんなにいろんな人たちにおもわれていたくせに、ずっと気づかれないようにしようとしていたなんて、バカだと思う。
 結局、言われるまでそれに気づかなかった自分も。
 
 泣いてる人も多くいて、私自身も泣いていた。
 だけど、一番身近で、一番近くにいた彼女は、泣かなかった。
 ひどく悲しい顔をして、そのくせまったく泣かなかった。
 
 その理由を訊いたとき、彼女はこう答えたのだ。
 
 それはすごく特別なことだから。だから、泣き顔を見ていいのは自分自身と涙の原因となった当人だけ、と。
 
 強いな、と思った。
 気丈だ、と思った。
 愛していたんだな、と思った。
 彼女にそこまで愛されていたなんて、幸せものだな、と思った。あえて過去形にはしない。
 そして、そこまで心が通い合っていた二人を、うらやましいと思った。
 そんな二人の近くにいられたことが、少しだけ誇らしかった。
「ありがとう」だから、私は言った。「――――はきっと幸せだったと思うよ」
 そんな事は、私よりもわかっていたとは思うけれど。
 それでも、言っておきたかった。
 多分、それを言えるのも、言うことが出来るのも、私だけだと思ったから。
 
 

 
 
 多感だった頃。流動していた頃。まだまだ先は長くて未定だと思っていた頃。
 過ぎ去った季節の中で、私は何を思い、何を考えて生きてきたのだろう。
 それはきっと、もう答えの失われてしまった問い掛け。
 
 時と共に価値観は変わって、だから、私はもうあのときの事を、あのとき感じたことそのままに感じ取ることは出来ないかもしれない。
 だけど、それを忘れることは決してないだろう。
 
 私は目を閉じて思い返す。
 あの、かけがえのない、確かに輝いていた日々のことを。
 
 

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