ボクたち三人は、小さい頃から一緒だった。

 物心ついたときからずっと一緒にいて、三人で仲良く遊んでいた。

 それは、中学、高校に上がっても変わらなかった。

 ただ、成長していくに連れて、次第に子供の頃のようなやんちゃさはなりを潜め、落ちついたものになっていったとは思うが。

 三人の中でひとりだけ性別が違うということをはっきりと自覚したのも、確かその頃だったと思う。

 

「なあ、晶」

 ある日、三人の中のひとり、誠がボクに声をかけてきた。

 ちなみに、晶というのはボクの名前。

「俺さあ、一海に告白するつもりなんだ」

 誠の口からカズミ、と出たとき、一瞬だけ、息が止まった。

 ちなみに、その一海こそ、ボクたち三人の最後のひとりだ。

「どうして、それをわざわざボクに……?」

 その声は、震えていたかもしれない。

「晶に言っておかなくちゃ、って思ってさ」

 ああ、それは、優しさなのでしょうか?

 だとしたら、それはひどく残酷です。

「だって、晶も一海のこと、好きなんだろ?」

 どきりと、した。

 小さいころから三人一緒にいて、そのおかげでなんとなく考えていることがわかったりわかられたりすることはあったけど、

 まさか、それまで見破られるとは、思ってもみなかったから。

「普通だったらおかしいんだろうな、わざわざこんなこと言うのって」

「………………」

 ボクは、何も言えなかった。

「晶はれっきとした少女、なんだから」

 誠はそれでもしっかりとした声で言った。

「だけど、それはちゃんと言っておかなくちゃって思ったんだ」

「そう、なんだ……」

 ようやく、それだけをしぼりだすことが出来た。

「ボクが一海のこと好きだってこと、一海は……?」

 本当は、答えはすでに知っていた。

 だけど、多分自信はなかったから。

 だから、ボクはそれを誠に聞いた。

「おそらくだけど、友達としての好きとしか思ってないだろうな」

 ボクはそっと目を伏せた。

 やっぱりそうなんだろうな、って頭のどこかでわかっていたから。

 ボクが一海に恋をしても、きっと一海は気づいてくれないって。

 ボクは、女の子だから。だから、ボクがどんなに一海のことを想っていても、

 一海にとってボクは、友達でしかありえないから。

 それ以前に、一海が見ていたのは、ボクじゃなかったから。

「それじゃ、今から一海に告白してくるけど、失敗したらなぐさめてくれよな」

 誠はそう言って苦笑を浮かべた。

「ダメだったらね」

 ボクはそう言って笑った。

 精一杯の作り笑顔。

 誠は片手を挙げてその場から去っていった。

「大丈夫、だよ」

 ボクはぽつりと呟いた。

 ずっとそばにいたから、知っているんだ。

 ボクが一海を見ていたのと同じくらい、誠は一海を見ていたということも。

 そして、一海はずっと、誠を見ていたのだということも。

 ずきり。胸が痛む。

 目に涙が浮かんで、それを必至にこらえた。

 どうして、ボクは一海を好きになっちゃったんだろう?

 どうして、一海が好きになったのはボクじゃないんだろう?

 どうして、ボクは一海と同じ、女に生まれてきてしまったのだろう?

 考えたって、答えなんか出るわけないのに。

 

 ボクは意気地なしです。

 告白したら、一海との仲が壊れてしまうかもしれないと恐れて何も出来ない意気地なしです。

 下手に告白してギクシャクした仲になるくらいなら、友達のままでもいいとさえ思ってしまう弱虫なのです。

 自分の気持ちを押し通すことより、出来る限りこのまま三人で仲良くやっていきたいと思ってしまう弱虫なのです。

 

 

 そして、誠は一海に告白しました。

 結果なんて、わかりきっていました。

 二人は晴れて、恋人同士になりました。

 

 その日ボクは、部屋にこもって、泣きました。

 失恋の悲しみと、二人への祝福の気持ちがごちゃまぜになった複雑な感情。

 そんな気持ちを抱いて、ボクは泣きました。

 

 

 誠と一海。彼らが二人でいる時間は多くなったけれど、やっぱりボクたちは三人で。

 前にも増して一海が誠のことばかり見るようになったのは少し寂しかったけれど。

 それでもいいかなって、思っていた。

 一海に対するボクの想いは、次第に薄れて、いつか思い出に還っていくのだと思っていた。

 そして、それでもいいとさえ、ボクは思っていた。

 このまま三人でずっと、ずっと一緒にいられるのなら。

 

 

 

 

 

 

 誠が前方不注意の車にはねられたのは、それから三ヵ月後の事だった。

 

 

 

 

 

 

 つんと薬の匂いが鼻につく。

 病院のベッドの上に寝かされていた誠は、本当に、ただ眠っているだけかのように見えた。

 顔にかけられた白い布をそっと外して顔を見る。

 それはやっぱり誠で、やっぱり、ただ眠っているようにしか見えなかった。

 だけど、もう、誠は動かない。

 

 

 忘れられると、思ったんだよ?

 忘れさせてくれると、思ったんだよ?

 ボクの一海に対するコイゴコロ。

 なのに、それなのに、

「どうして、死んじゃったりなんかするのさ!?」

 誠に対して怒りがわいてきた。

「一海のこと、大切にするって、幸せにするって言ってたじゃないか!」

 それは、もしかしたら不条理なのかもしれないけれど。

「あれは全部、嘘だったっていうの!?」

 それでも、それを誠にぶつけなければ気がすまなかった。

 

 

 

 あれから、一海は元気がありません。

 日向のように明るかった一海は、今ではまるで日陰のように暗くなりました。

 ボクが声をかけても、一海はボクを見ていないんです。

 

 

 ボクでは、ダメですか?

 

 ボクは一海だけを見てあげられます。

 決して、一海の側を離れたりしません。

 一生、一海だけを愛しつづけます。

 その想いは、決して誠には負けません。

 

 それでも、ボクではダメなんですか?

 ボクが男だったとしても、やっぱりダメでしたか?

 それとも、ボクが男だったら、少しは一海の気をひくことが出来ましたか?

 そこまで考えて、ボクは自己嫌悪した。

 そんな仮定の話をいくらしたって、意味がないことには変わりないのだから。

 

 それならばいっそのこと、何も知らなければ良かった。

 一海のことなんて、何も知らなければ良かった。

 そうすれば、もっと強引な行動が出来たかもしれないのに。

 もしかしたらそれは、一海を傷つけてしまうかもしれないけれど。

 それでも、もしかしたら一海にふっきれるきっかけをあげられたのかもしれないから。

 

 だけど、ダメなんです。

 なまじ一海のことをよく知ってしまっているから。

 ボクが傷つくのは怖くないんです。

 彼女を傷つけてしまうのが怖いんです。

 

「あきら……」

 一海はどこか生気を欠いた目でボクを見ていた。

「まこと、いなくなっちゃったね」

 その笑みにはまったく感情の色というものがなかった。

 口にはしていても、一海は誠がいなくなったことをどこかでは信じていない。

 きっと、一海は今でも誠を探しつづけている。

 その姿があまりにも痛々しくて。

 ボクは、一海を抱きしめた。

 

 ああ、ボクはこんなにも一海のことが愛しいのに。

 愛しくて愛しくてたまらないのに。

 この想いは、一海には届かないのでしょうか?

 ボクは、誠のことを思い返させる存在でしかないのでしょうか?

 

「まことは、まことが……」

「いいから! もう、いいから!」

 ボクは一海を強く強く抱きしめた。

 彼女の凍りついた心が、これ以上深く凍りついてしまわないように。

 彼女の凍りついた心が、少しでも熱を持ってくれるように。

 

 

 

 

 

 あなたがいなくなって、彼女のココロは凍てついたままです。

 ああ、いつになったらこの凍てついたココロは、とける兆しをみせてくれるというのでしょう?

 

 

 

春はまだ遠い

 

 


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