さりとて平凡なる日常

 

 

 軽く、伸びをした。

 目の前には青空の下に干されたたくさんの洗濯物たち。

 あとは、何が残っているだろうか。

 目を瞑って考えてみる。

 そうだ、家の中の掃除をしよう。

 そう思って、家の中へと戻った。

 

 不意に、どたどたと騒がしい音が耳についた。

 ふう、とひとつため息をつき、その足ははからずとも歩を速める。

「みあ、みう、もう少し静かにしなさい!」

「やーなのー」

「いやにゃー」

 こみ上げてきた怒りをぐっとこらえる。

 これぐらいで怒るなんて大人気ない。

 そう思っていたはずなのだが、目の前の惨状を目の当たりにして、そんな思いは吹っ飛んでしまっていた。

「ああもう、こんなに散らかして。一体誰が片付けると思っているのかな?」

 目を吊り上げて怒ってみた。

 しかし、娘たちはそんなことお構いなしに動きつづけている。

「もう、みあもみうもいいかげんにしなさい!」

「きゃははー!」

「うにゃーい!」

 ふたりは全然言うことを聞かず、はしゃぎまわっている。

 元気にはしゃいでいるのは『みあ』と『みう』。

 元気すぎるのが玉に瑕だけど、それでも可愛い娘たち。

「だったら、しばらく外で遊んできなさい!」

 みあとみうは目を瞬かせ、互いを見つめあったかと思うと、

「はーい!」

「はーい!」

 元気よく返事をする娘たち。

 二人はまさに『お日様みたいな』という表現がぴったりくる無邪気な笑顔を浮かべていた。

 

 

 

 娘たちが外で遊んでいる間に家の中の掃除を済ませる。

 先ほどまで娘たちがはしゃぎまわっていたせいもあってか、大変ではあったけど、とりあえず綺麗にはなったと思う。

 そんな折、元気のいい声をあげて娘たちの帰りを告げる声が聞こえた。

 急いで玄関に向かう。

 果たして、二人は見事に泥だらけになっていた。

「まだ上がんないで!」

 急いで洗面所からぬらしたタオルを取ってくる。

 そのタオルで、二人の身体を簡単に、足を念入りに拭く。

 先ほどまで掃除をしていたというのに、また家の中を汚されてはかなわない。

 それもあるが、こうなるのが予想できていたのなら洗濯は後回しにしても良かったかもしれないと少しだけ後悔した。

「ああもう、こんなに汚しちゃって……。今お風呂に入れてあげるから」

 幸い、お風呂はすでに沸いている。

「おふろ、やー」

「おふろきらいー」

 本当に、手間のかかる子供たちだ。

 こういうときには奥の手を使う。

「ちゃんとお風呂に入ったら、なでなでしてあげるから、ね?」

「なでなで?」

「にゃでにゃで?」

「そう、なでなで」

 娘ふたりはうー、とうなってから、

「わかったー。おふろはいるー」

「わかったにゃー」

 笑いをこらえきれなかった。

 娘たちにもこの手は有効なのだ。

 

 そのまま三人でお風呂に入った。

 お風呂の温度はすこしぬるめ。どうやら、娘たちもこれくらいじゃないとだめらしい。

 それから、娘たちの身体を洗ってあげた。せっけんのあわはあまり好きじゃないみたいだったけど、それでも洗ってあげているときは実に気持ちよさそうな表情を浮かべてくれているので嬉しい。気持ちよさそうにしてくれていると、やっぱり優しくていねいに洗ってあげているかいがある。

 お風呂から上がるときはちゃんと身体を拭いてあげる。それから娘たちは首をぷるぷると振ってみみに入った水を出そうとするのだが、それで完全に水が飛ぶはずがなく、一通りぷるぷるさせてあげたあと、あらためてみみの中を拭いてあげる。

「うにゅ……」

「うにゃ……」

 このときに見せる娘たちの陶酔したような顔は何度見ても見飽きない。

 くすっと笑みがもれた。

 やっぱり親子なんだなって思えたから。

 ふと、ふたりの視線に気づいてそちらを見やると、ふたりは期待のこもった目で見てきているのがわかった。

「はいはい。ちゃんと覚えてるよ」

 約束どおりふたりになでなでしてあげた。

「みゅうぅ……」

「にゃうぅん……」

 娘たちはきもちいいと言っているかのように鳴いた。

 

 

 

 静かな寝息が聞こえてきた。

 みあとみうは幸せそうな顔をして眠っている。

 はしゃぎ疲れたのだろう。

「もう、しょうがないな」

 娘のほっぺたをつん、とつついてみた。

 娘は「うう……ん」とうめいて寝返りをうった。

 なんて、微笑ましい光景。

「風邪をひくといけないからね」

 そう呟いて、娘たちに毛布をかけてあげた。

 

 

 

 玄関の扉が開く音が聞こえた。

「ただいま」

 あのひとの声が聞こえた。

 わたしはとるものもとりあえず、玄関へと急ぐ。

 これだけは、他の誰にも譲れない。

「おかえりなさい、ご主人様っ!」

 

 

 きっと、ずっと、いつまでもわたしたちはこんな変わらない日常を過ごしてゆくのだろう。

 これは、そんな日常の中の、平凡な一日。

 


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