ロリ姉
VS
カズママ
作:紅アゲ



「こ…これは!」

 あたしは弟の部屋で禁断のアイテムを発見してしまった。

 明日英語のテストだったので勉強しようと思ったら英和辞典を学校に忘れてしまった。なので弟の部屋から英和辞典を借りようと部屋をのぞいたら弟はお風呂に入ったらしく居なかったので勝手に借りようよ本棚を探ってたら。

 雑誌の間から出てきた。

 表紙から中身に到るまで全面肌色で敷き詰められたほん。

 少なくとも…。十八歳以上じゃないと買っちゃいけない本。

「ひゃっ!」

 あたしは思わず本を部屋の隅に投げ捨ててしまった。

「あっくんなんてもの見てるのようっ!」

 いやん! あたしの頬が熱くなる。

 目をつぶるとさっきの本の中身が頭に残っていてパッと浮かんでしまう。

「こんなものっ。捨てなきゃ!」

 そうだ! お姉ちゃんとして弟の道徳教育はしっかりさせなきゃいけないっ。

 あたしは急いで投げ捨てた本を取るとごみ箱へ…。

 うん、でも。

「ちょっと内容が気になる…」

 あたしは本をいそいでパジャマの中に隠すとそのまま自分の部屋へ本を持って帰ってしまった。



 興味があった。あっくんがどんなえっちな本を読んでるのかが。どんな娘が好みなのか。

「う…うわぁ……」

 勉強机で表紙を広げてみる。

 おっぱいののおっきな女の人が柔道の技を受けたみたいにくにゃりと体を曲げてる。

はうっ…。鼻血でそう。女のあたしでも恥ずかしいものがあるよコレ!

 中身は……はわわ!

マズイよぉ。コレ。おっぱいのおっきい女の人三人が写真いっぱいに並んでいた。そんなシーンが何ページも何ページも続いている。

「だ…だめだよぉ、こんなの…」

 できれば今すぐこれを燃やしてしまいたかった。

 でも…いまのあたしには内容の興味の方が勝っていた。

 マンガもえっちぃ。弟が読んでる少年誌のマンガとほぼかわらない顔をしたきゃらくたーたちがいろんな格好になってる。

 い…いやぁ!

 はぅぅ…!

「だ…だめだー! コレ…」

 そこでようやくあたしは本を投げ捨てる事ができた。

 これ以上見てると変な気分になっちゃいそうだ。

 雑誌の女の人と自分を重ね合わせてしまう。

 まるでお酒のおふろに浸かったようにポーッとしてる。

「…こんなのが好きなのかな…あっくん」

 まぁあっくんもオトコのコなんだからこんなの持っててもしょうがない…と自分に言い聞かす。ホントは怒ってやりたいけど。

 でも、やだな。

 えっちな本なんか頼らなくても…

 あたしは先ほど投げ捨てた本を一瞥する。

 部屋の隅まで転がった本はそのまま表紙が上に…。

 ……ちょっと待って。

 あたしは投げた本のタイトルの存在に気がついた。

本なんだから雑誌名はあるに違いないんだけど。えっちな本をまとめてH本と数えてたから気付いてなかったのだ。

 んで、その本のタイトル。



『巨乳すぺしある』

…………。


 あっくんの好みってやっぱり…。



「にくまんとぴざまんください」

「はい、二点で230円です」

 あたしはコンビニで夜食のおかいもの。とりあえず明日のテストは外せないから今日は二時三時まで勉強しないと。

 コンビニを出るとあたりは真っ暗。夜の八時だから当たり前だよね。

 先ほど買った肉まんをパクつきつつ家への道を歩く。

 あたしは口がちっちゃいから肉まんも半分ほど食べれば冷えて冷たくなっちゃう。よくあっくんから食べるの遅いなって言われるけどしょーがないでしょぉ。

 でも、ここから家までは三○○メートルぐらいだから家に帰る頃には肉まんは全部あたしのおなかの中へ入るハズ。

 自慢じゃないけどあたし、歩くのも遅い。(あれ? 本当に自慢じゃないよぉ…)

 はぁ…それにしても。考えちゃうのはさっきあっくんの部屋で見つけたえっちな本のこと。

 やっぱりあっくんはおっぱいがおっきい方が好きなのだ。多分、あたしと正反対の人が好みなんだろぅ。 …七宮姉妹たちみたいな。

 食べてる肉まんを見る。

「あーあ…、この肉まんぐらい胸があればなぁ…」

 あっくんも意識してくれるかな?

 でも、そんなことは単なる夢物語。どうせ、この先あたしは一生ロリ姉としてバカにされるんだろう。ふにゅー。

 はぅ…、帰ってから勉強もしなきゃいけないのに。あたしの気分は下がりっぱなし。

 いつもの路地をとおり、近くの夏朱公園内を通る。

 ココの公園、夜になると結構怖い。

 普段、あたしと同じぐらいの身長の子供が(く…屈辱的…)遊びまわってる公園が夜になるとなんだか今度はおばけが走り回ってるようで…うはぁ…。(あ、おばけは足がないっけ)

 さやちゃんが言うにはココの公園は時々上子の霊が出るんだって。…上子って誰なの?

 それはともかく…さっさと通り過ぎたほうが身のためだよね…。

 肉まんの袋を胸に当てあたしは早歩きで公園内を走った。

 ざっざっざっと土を踏むあたしの足音が公園内に響き渡る。

 と、そのとき。

「たすけて〜…」

 ひぃぃぃぃぃぃぃぃぃっ!!!!!

 やめとけばいいのにあたしは思わず足を止めてしまった。

 しかもとまった場所は運悪く公園の真ん中。どこへ逃げるにも一番距離がかかっちゃう…。

 それよりもっ!

 声が聞こえた…。

 まるで何かに潰されたような女の人のうめき声。しかも「たすけて〜」。

 いやっ、でもっ。もしかしたらソラ耳かもしれないし…。

「誰かたすけて〜…」

 ソラ耳じゃにゃい!

 今度ははっきりと聞こえた!

 あたしは恐怖で凍りついた!

 と…とにかく! 逃げなきゃ! なんとか両足を動かして前に出ようとする。思わず右手と右足が同時に出ちゃったけどそんなの気にしてられない!

 足が動いた! さっさと逃げちゃえ!

「そこに誰か居るんでしょ〜? 誰か助けて〜」

 はわっ、指名された…。

 逃げ道が閉ざされちゃったよぉ。

「だ…誰ですか!?」

 あー…返事しちゃった…。

「とにかく来て〜…」

 恐る恐る声のほうへ近づいてみる。怖いけど…さっきの声でわかったことがある。

 すくなくとも今助けを求めてる人はお化けなんかじゃない。

 公園の電灯の光の脇にその人はいた。

「あ、あなた! 助けて頂戴」

 その女の人はドミノ倒しのように倒れてた壁の下敷きになっていた。

 前言撤回。

 やっぱりおばけだ。妖怪かべばさみだーーー!!

「きゃぁぁぁぁ!!」

「あ、ちょっとねねこちゃん! 待ちなさい!」

 ほえっ? 思わず逃げそうになったあたしを女の人は名前を呼んで言いとめた。

「な…なんであたしの名前を…?」

 すくなくともこの女の人とは初対面のはず。

 女の人は顔にのっぺりと化粧をつけた綺麗な大人の女の人だった。着物もしていてまるで旅館の女将さんみたい。壁に挟まれてなければ…なんだけど。

「あ、あなたやっぱりおとなりの藤咲さんところのお姉さんね」

 お…おとなり?

「おとなりのカズおばさん。知らない?」

 えっ? えっとカズおばさん…。

 ああ! 思い出した!

 この女の人はいつもお隣で挨拶してくれるおばさんだ! 顔の雰囲気が似てる。

 けど…。

「ぜんぜん気付かなかった…」

「当たり前よ。いつもノーメイクなんだから」

 そうだ。いつも近所で会うカズおばさんは四〇歳ぐらいのどこにでもいるおばさんだ。それが…、化粧をして着物を着るだけで、こんなににも綺麗になるんだ。まるで別人!

 ただ…。なんで壁に挟まれてるんだろ…?

「あ、ねねこちゃん。お願いがあるの」

「はっ、はいっ!」

「この壁…ちょっとどけてくれないかしら…?」

「はい…え?」

 壁ぇ…。

「バランス崩して倒れちゃって起き上がれなくなっちゃったのよ。お願い、ちょっと支えるだけでいいから…」

「は…はいっ…!」

 壁は重かったけど、あたしが持てないほどの重さじゃない。うんとこしょっと壁を支えるとカズおばさんはいとも簡単に抜け出してしまった。



「ありがとうね、ねねこちゃん」

 カズママは起こした壁から何故か顔半分出した状態で御礼を言った。まるで覗いてるみたいだ。

「あいえ、カズおばさん。困った事はお互い様ですから」

 そこでカズおばさん、ちっちっちっと指をふった。

「ねねこちゃん。この格好の時はカズおばさんなんて呼ばないで。カズママって呼んで頂戴」

 カズママ?

「それがあたしの仕事だから」

 カズママ…。ママってことは…。もしかしてカズおばさん…。

「そう、ママはお水のオンナなのよ」

 お水のオンナ!!

 なんてことっ! このどこにでも居そうな近所のおばさんがお水のオンナだったなんてぇー!!!

 って。

「お水のオンナってなんですか?」

 がくっ。カズママさんが見事にずっこけた。

「ねねこちゃん知らないで驚いてたの? もぅ、可愛いわね」

 可愛いなんて言わないで! っておもったけど…、なんだろぅ。この人に言われても嫌じゃない。

「お水のオンナっていうのは…、そうだわ。言うより見たほうが早いわね。ねぇ、ねねこちゃん」

「はい?」

「うちの店来る?」



 なんだかんだ言ってあたしはカズママさんのお店に行くことになった。カズママさんのお店は公園からちょっと行った先の繁華街にあるらしい。

 あたしはカズママさんと二人肩を並べて歩く。

 片方は着物姿のママさん、もう片方はちっちゃい女の子。

 違う人から見れば変な光景なんだろうな。あたしたち。

「ねぇ、カズママさん」

「カズママでいいわ」

「カズママ」

「なぁに?」

 あたしはさっきから疑問に残っていた事があった。それはカズママが公園からずっと持ってきていたモノ。

「なんで壁を持ってるんですか?」

 そう。カズママはさっき自分が下敷きになっちゃった壁を大事そうにひきずっていたのだ。

 その壁だってそんなにちっちゃいモノじゃない。持ち運ぶだけで一苦労だよ。

 カズママは足を止めると壁を地面に置き、その壁からちょっと顔を出した。そして恥ずかしそうに眉をハの字に曲げて答える。

「ごめんなさいね。あたし、この姿の時は人と話す時はこうやって覗かないと話せないのよ」

 なんでですか…。

「なんでか…癖なのかしらね…」

 そういうとカズママは憂いを含んだ顔でまた歩き始めた。

 なにかあったのかもしれないし、じつはたんなる遊びなのかもしれない。

 カズママはとても謎な人だ。動物で例えるなら…キツネさん。吊り目で化けて…でもちょっと寂しそう。

「でも、その壁…持ち運ぶの大変じゃないですか?」

「大変よー。いつもいつも引きずってるからねぇ。あたし女なのに腕相撲強くなっちゃったのよ」

 うふふふっとカズママは笑う。

「でも、そんなに運ぶの辛いんだったら下にコロコロでも付ければ楽なんじゃないんですか?」

 カズママの動きが一瞬とまった。そして、「あーあー」と頷く。

「そうだったわね…それいい考えだわ。明日ホームセンターでキャスターでも買ってこようかしら」

 えっ…。

「そういうこと考えてなかったんですか?」

「考えた事も無かったわ。そうね、その方法があったわね…。ありがとう、ねねこちゃん」

 この人…実は結構ヌケてるのかも…。ちょっと親近感がわいた。

 自分と正反対な女の人なのに全然嫌な感じがしない。あたしはカズママに憧れにも似た感情を憶えていた。

「あ、ここよ。ねねこちゃん。ここがあたしのお店♪」

 カズママが指差したお店はあたしがいつも恒くん達と一緒に食べに行くお菓子屋さん『甘党ベッキ―』の隣にあった。

 ちょっぴり薄暗い路地に質素な狭いお店。

 昼間だったらまったく気付かない。現にあたしもこんな所にお店があったなんて知らなかった。

 そのお店の扉の看板には濃いピンクに白字と黒字でこう書かれていた。


BAR
    覗く女
営業PM6:00〜AM5:00



 >>後編へ続く








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